インテリア 1

第1回 京都でコントやってます会 出展作品「モデルルーム」 撮影:築地静香
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今日はどうぞ、よろしくお願いします。演出家の福井裕孝さんにお話を伺います。最近はどんな感じでしょうか。
福井 
4月のコント公演 2が終わって、今は5月の公演の準備を進めています。
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そう、「京都でコントやってます会」に出した「モデルルーム」が終わり、5月の公演は「インテリア」ですね。どんな作品になりそうですか?
福井 
当初は、これまでのクリエーションを踏襲するような感じでと思っていたんですけど、4月のコント公演で(総括じゃないですけど)それは多分やり切ってしまって。5月はどうしようと。同じことやっても仕方ないので。
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ゴールが揺らいだ、ということですか。
福井 
そうですかね。今回は出演者の向坂さんとかなり近い距離でつくっていて。段々向坂さんが演出助手みたいになってきて、それがいいのかどうかわからないですけど、舵が行ったり来たりしているような気がします。
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それは大局的に言うと、目的に向かって歩いているのか、迷っているのか。
福井 
いつもそうですが、作品の条件とか状況みたいな、大枠は最初に設定してしまっていて。今回で言えば一つの部屋、生活空間の中で一人暮らしの人が生活している様子をルーティンと言うか、反復して見せるというフレームがあって、それは変わりません。「人」と「物」と「空間」がどういう風に持続したり変化したりするのか、見え方の部分を試行錯誤しています。だからゴールの周縁で右往左往しているんですかね。
1インテリア
INTERIOR

2018.5.17-20
trace|京都市

 インテリアは、人の生活する室内「空間」と、その空間を構成している家具や家電、装飾品といった「モノ」の両方を意味しています。寝室という空間を寝室たらしめているのは、ベッドというモノとそこで「寝る」意志と行動を示す人の存在のはたらきです。そこに位置する人やモノによって空間や状況は措定されていく一方で、措定された空間や状況に人の意志やモノの機能は従属しているようにも見えます。この相依的な関係を示すことから、演劇が生成される空間について考えたいと思います。この作品は、ある一人の「人」の私的な生活風景を再演出して構成し、上演とします。日常の地平から本来の「人」と「モノ」と「空間」の関わりを顕在化させ、これまで演劇が一方的に私語を禁じてきた「モノ」や、劇場によって隠蔽されてきた「空間」と新たに出会えることを期待しています。
[構成・演出] 福井裕孝 

[出演] 向坂達矢 金子実怜奈

[舞台監督] 長峯巧弥 [音響] 宇野愛生 [制作] 溝端友香 [会場運営] 高嶋Q太 [製作] 福井裕孝 [協力] 後付け 京都ロマンポップ解散中 劇団西一風

日時

2018年

5月17日[木] 18:00
5月18日[金] 14:00★/19:00
5月19日[土] 14:00 /18:00
5月20日[日] 14:00★

※受付開始・開場は開演の30分前です。
※上演時間は約70分を予定しています。
※演出の都合上、途中入場をお断りする場合がございますので、お時間に余裕を持ってお越しくださいませ。
★アフタートーク|終演後、ゲストの方をお招きして、トークを行います。
5月18日[金]14:00 筒井 潤氏(dracomリーダー/演出家/劇作家/俳優)
5月20日[日]14:00 山﨑健太氏(演劇研究/批評)

料金
一般|¥1,800 [+1order] 
学生・U-23|¥1,500 [+1order]
チケット取扱
webフォーム(カルテットオンライン)
https://www.quartet-online.net/ticket/interiorfukui

会場
[トレース]
trace
〒600-8834 京都府京都市下京区和気町4
http://trace-kyoto.com
2第1回 京都でコントやってます会 出展作品「モデルルーム」
公演時期:2018/4/16~16。会場:人間座スタジオ。

同じ価値を持つ

努力クラブ コント持ち寄り公演『小騒動』出展作品『Penguindam』
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福井さんの作品は「Penguindam」 3と「モデルルーム」しか拝見していないんですが、特に「モデルルーム」は観客の集合意識というものがテーマだったんじゃないかなと思っていて。観客は観客席において「学ぶ」という内的な作業をやっているんですよ、ずっと。それは観客それぞれで全然違うプロセスを辿ってると思うんですけど、それが同時多発的に起こると途端に一つの処理としてまとまるような気がしている。学校における教室、という共有体験の影響かもしれない。
福井 
観客の知覚の経験のことで言えば、「見る」ということについてはつくる上で慎重に考えているつもりです。「モデルルーム」もそうですが、「見られる作品」をつくるというよりも「作品が見えている状況」をつくる、みたいなことを考えています。大森荘蔵という哲学者が、本来視覚は主客二分できない経験だって言っていて、演劇だと見る/見られるみたいなことがありますけど、本来それは見ている観客自身をも含めた全風景が見えているというような状況なんじゃないかと。そういう意味では場所というのも重要な要素になってくると思っています。4月のコント公演は会場が人間座だったんですけど、まずそこで何が上演できるのかっていうところからはじめました。移動可能というかどこでも上演できるような作品ってあると思うんですけど、この場所で上演される意味とか必要性が別にないんだったら、それってそもそも上演される意味ないんじゃないんかって最近思うようになって。極論なんですけど。俳優が客席に何か働きかけたりライブ感を共有したりすることよりも、ここがどういう場所で、上演によって作品とどう呼応し合っているのか、っていうようなことの方が演劇が本来取り組むべきことなんじゃないかと思っています。

時間軸の要求

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人と物が同じレベルでそこにある、という視覚体験を届けたい?
福井 
それが目的というか、本来はそうですよねって。壁黒く塗って抽象化して、空間が際限なく広がっているイメージを与えても、壁そのものは俳優と同じく物量的にそこに在ってしまっている。当たり前なんですけど、単純にそういったことを認めるところから上演をはじめたいんだと思います。そこは何もない空間じゃなくて、何かがある場所なんだっていう認識や視野をお客さんにも求めたい。別にそこからでも演劇は実現できると思います。インスタレーションやパフォーマンスの類に傾倒せずに。
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ちょっと思ったんですが、インスタレーションや彫刻作品とかだと、鑑賞の主体は観客であるため、その人に時間の主導権が握られていると思っていて。しかし演劇やパフォーマンス作品だと舞台上にそれが握られている。さらに演劇は、お話それ自身が持っている時間軸がその横にある。そのあたり、見え方の変化についての検討に援用出来ますか?
福井 
最近、演劇以外の美術や建築の分野に関心があって、最初はそういった文脈の考え方を演劇の中でどう再提示できるかみたいに考えてたところがあったんですけど、ちょっと引いて考えてみたら単にパッケージを変えただけで、それはインスタレーションでええやん、みたいなことが多分にあるんじゃないかって感じて。ジャンルに強くこだわっているわけではないんですが、演劇には演劇の特異性があるというか、観客と舞台、こことそこでの時間や空間の流れ方の相違であったり、上演っていう表示形式や構造自体に何か可能性があるんじゃないかと今は思っています。だからいずれそういう演劇の形式とか通念みたいなところに戻ってくるのかなと思っています。全然わからないですけど。
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環境としての演劇にね。
福井 
僕はつくるとき基本的に現実の時間の流れにそのまま乗っかっているので、正直演劇の時間軸みたいなことはまだあんまり考えられてないんですけど。
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ちょっと時間について私がこだわりすぎましたね。
福井 
いえいえ。
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ただ、「Penguindam」では舞台と観客が同じ時間の上にあって、そこで観客が認識を発達させていくというのが面白かったです。
福井 
「Penguindam」はある意味音楽劇だったんでそうですね。時間のことはスピーカーに丸投げして、ふざけようと思っていました。

私とワンルームマンション

第1回 京都でコントやってます会 出展作品「モデルルーム」 撮影:築地静香
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チラシの文章から推測したんですが、福井さんは空間における物の動きから、観客の認識がどのように反応するかというのを検証しようとしてるんでしょうか。
福井 
「モデルルーム」はそういうことに近かったのかもしれません。5月の「インテリア」はきっと動き方の質感が違うというか、人と物がただ同じ空間に位置しているということ以上に、生活者と生活品、所有者と財産みたいな関係があるので、「モデルルーム」では人と物がそれぞれ異なる、他者的な存在として出会うことからはじまるのに対して、「インテリア」は人も物も一つの生活のコミュニティに属しているところからはじまる。そういうすでに形成された人と物との関係が、生活の時間の中でどう変化していくように見えるのか、っていうことなんですかね。
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前者のテーマは配置状況で、後者はその変遷ですね。
福井 
やりたいと思っていることは基本的に同じなんだと思います。このあいだ稽古場で向坂さんと「物も戯曲やな」って話していて。人に意味や情報を提供して行動とか振舞を要請する、人に演じさせるという働きを持っているという意味では戯曲と同じやん、と。それはアフォーダンスの理論に近いと思うんですけど、物の位置や配列、あるいは環境から相対的に関係が見えてきたりとか、そこに持続している何か状況が、一室の中で部分的に、あるいは全体的に転換していくというような事ができたらいいなと思っています。

経験と切離された視覚

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人間の認識は、個体差はあるけど、認知以外の認識があるような気がします。福井さんの作品は、もしかしたらそういう、物質的ではないコミュニケーションを目指しているような気がする。だから、私はいまけっして、「面白くするためには、例えば関係性の変容をどう構成するべきなのでしょうか」みたいな質問を福井さんに対してすべきではないと思っています。道を出現させてしまうと、それはつまり認知の発生だから。
福井 
60分前後の作品としてどう推移していくのかみたいな流れは全然考えてなかったですね。やっぱり時間からどうつくっていったらいいのかわからないっていうのもあるんですけど。生活していくにつれて床が汚くなったり、物が散乱したり、ゴミが増えたり、そういう単純な時間の推移みたいなのが一つありますよね。それをうまく取り入れられないかと今は思っているんですけど、ただそれを愚直にやっちゃうと生活のお話みたいになっちゃうので。距離感をうまく測らないといけないし、あまり誤解されないようにしたいなと思っています。
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それは茨の道なのか、それとも結構いけるのか。
福井 
どうなんですかね。「モデルルーム」は、そういう意味ではうまくバランス取れてたんじゃないかと思ってます。
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そうそう、「モデルルーム」で舞台上に設置されていたウォーターサーバーが絶妙な配置だったと思うんですよ。外部から来た何か、「ここは家ではなく、ただし完全な商業施設でもない」、モデルルームがこの世の全ての界から等しい距離にある場所、と宣言しているかのようだった。
福井 
確かに「モデルルーム」は模造されたプライベートな部屋でもあるし、部屋を模造したパブリックな施設でもある。ありそうでない・なさそうであるというような中間的な性格があったからやりやすかったのかもしれません。

人と物との関係性

第1回 京都でコントやってます会 出展作品「モデルルーム」 撮影:築地静香
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ちょっと補足的に。<人>と<物>を相対化してみせるということは、それぞれが同じ発言力を持ち、それぞれ埋没させないということですか?
福井 
そうですね。舞台で喋っている人の傍らに消火器とか、たとえそこにいる人と直接的な関係の見えない物であったとしても、それがそこに在るという事実が、同じ空間上にいる人の存在を補強しているように思えるんです。それは人の立場からでも同じことが言えると思うんですけど、そういった相依的な関係のネットワークみたいなものがあって、そこに人も物も内在しているという意味で、存在のレベルは等価なんじゃないかってことをあらわしたいのかもしれません。もっといい加減に言えば、そこに人がおれるんやったら消火器がおってもいいでしょみたいなことだと思います。いかにして異なる人や物が共在できるのかってことに今は関心があるので。
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では、人と物との関係性が構築されていくのを見る、とはどのような鑑賞体験なのか。
福井 
演劇表現で使われる物ってなかなか美術の域を出られないというか。物の質感が具体的であるか抽象的であるかとかはともかく、あくまで作品世界の側に属していることが多いですよね。あるがままの状態というか、純粋に机があってその横に人がいるっていうような状況の自然的な有り様はあまり注目されない。そこにあるがままの完成された世界の様相を見ることができるんじゃないかと思ってるんですけど、作り手はそれをないがしろにしてまで、作品で何を力強く語ることができるのだろうって最近よく考えています。演劇で「そこに物がありますよね」みたいなことされてる方はあまりいないと思うんですけど。
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言われてみれば、なんででしょうね?
福井 
美術というか特殊な物体としてあらわれてくる。純粋にここにコップがあるなっていうような物との出会い方があってもいいと思います。
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一つには、経済的ではないのかもしれないですね。脚本という設計書があったとして、工数をかければ良いものが出てくるという信仰があるから。無関係性そのものを演出しようとしても、それを良いものにするための指標が、実にとりとめのないものだからだろう。計画の中には組み込めない。それは特殊技術なので、誰もやれないのかもしれない。同じ苦労するなら、分かりやすく美を追及したい。そう考えているかもしれません。
福井 
あとは、上演の手続きの中で、どうしても特殊化されてしまうのかもしれないですね。でもやっぱり俳優と同じで、登場人物を演じてるけど、その人自身でもあるやんみたいな両義性が物にもあると思っていて。美術の文脈で言えば、既製品の俗っぽさとかその後ろに控えている場所性とかドラマ性みたいなものを残したまま提示するようなやり口があったりしますね。
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いろんな実現の仕方があると思います。ナラティブから切り離すために、時間的な経緯を持たせる。
福井 
ただ、レディメイドを美なるものとして転化させたり、そこに新しい意味とか価値だけを求めていくとそれはそれで特殊化されて結局オブジェになってしまうので。バランスみたいなのが難しいなと思っています。でも一方で、唯一演劇がその物をその物として扱うというか、その物として知覚させることができるメディアなんじゃないかとも思っています。まだはっきりとはわかってないですけど。このあいだの「モデルルーム」も、質感をダサくすることで諸問題を回避したつもりになっているので。
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「モデルルーム」は強烈な役者の味があったので成立していたと思いますよ。
福井 
ありがとうございます。よかったです。

質問 川瀬亜衣さんから 福井 裕孝さんへ

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前回インタビューさせていただいた川瀬亜衣さんから質問をいただいてきております。「子供ってどう思いますか?」
福井 
大人より、子供相手の方が人見知りします。

これから

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今後どんな感じで攻めて行かれますか?
福井 
5月の公演は、会場に入ってからでないと決められないことが多々あるので、会場に入ってから残り50%とか作っていくことになるのかなと思っています。かなり変わってくるかもしれないので、臨機応変にやっていこうと思っています。「インテリア」は今回の製作期間だけでは多分つくり切れないので、今後も長い目で見て上演を重ねて更新していければいいなと思います。

山グルメ

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今日はですねお話を伺えたお礼にプレゼントを持って参りました。
福井 
ありがとうございます。(開ける)アウトドアの。
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そうっぽいですね。アウトドアに興味はありますか?
福井 
全然関係ないですけど、最近焚火がやりたいです。
(インタビュー終了)